大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和57年(ワ)1241号 判決

原告

中村末広

右訴訟代理人弁護士

湯木邦男

秋田光治

被告

右代表者法務大臣

林田悠紀夫

右指定代理人

玉田勝也

小島浩

佐野武人

上野晃

山本忠範

小林健治

主文

被告は原告に対し、金二四〇五万一〇〇〇円及びこれに対する昭和五五年一二月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金九四〇〇万円及びこれに対する昭和五五年一二月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  立担保を条件とする仮執行の免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  登記官の不法行為と被告の責任について

(一) 別紙物件目録記載一、二の各四筆の土地(別紙物件目録記載三の土地につき地目を宅地に変更登記後、昭和五六年一月一四日八筆に分筆され(地積は、各筆いずれも222.67平方メートル)、更に、同年八月二四日錯誤を原因に地目を「宅地」から「畑」に更正(地積は、各筆いずれも二二二平方メートルとなる。)されたもの。以下、個別には、「本件土地一」、「本件土地二」といい、両者を併せたものは、分筆前は「本件元地」と、分筆後は「本件各土地」という。)は、都市計画法上の「市街化調整区域」の指定を受けており、登記簿上の地目も「畑」として表示されていたところ、昭和五五年一二月四日、当時の名古屋法務局瀬戸出張所登記官訴外Hは、都市計画法の施行前である「昭和四三年五月一五日地目変更」を登記の原因及び日付として、本件元地の登記簿上の地目を「畑」から「宅地」に変更登記(以下「本件変更登記」という。)をした。

(二) 本件変更登記に至る経緯は、次のとおりである。

(1) 訴外Nら不正グループ(以下「不正グループ」という。)は、昭和五五年ころ、都市計画法上の市街化調整区域に指定された土地の登記簿上の地目を農地から宅地に変更し、かつ、その変更時期を都市計画法の施行前の日とする変更登記の申請をして、登記簿の記載上は、あたかも都市計画法四三条一項六号ロに規定する既存宅地の確認を得られるかのような外形を作り出し、情を知らない第三者に右土地を高額に売りつけることにより不当な利益を得ることを共謀した。

(2) そして、不正グループは、本件元地につき、当時の所有権の登記名義人であった訴外秋田あや子(以下「秋田」という。)の名義で、昭和五五年一一月一三日、名古屋法務局瀬戸出張所に対し、地目を「畑」から「宅地」に、その登記の原因日付を「昭和四三年二月一日」とする地目変更登記の申請をした。

(3) H登記官は、右同日、本件元地を管轄する訴外尾張旭市農業委員会に対し、右申請についての意見を照会したところ、同委員会は、同月二一日、「当該土地は、農地として農地法第三条による許可申請がなされ、昭和五五年一〇月四日開催の農業委員会で審査の結果右申請を適当と認めその許可がなされた物件である」旨回答し、本件元地が農地であることを明らかにしたので、H登記官は、同月二二日、前記登記申請を、現況農地であるとの理由で却下した。

(4) これに対し、不正グループは、地目変更に協力するようH登記官に圧力を加えた結果、同登記官は、本件元地の物理的現況と異なることを知りながら、真実に反する地目変更登記申請を受理して、所要の登記をする前提として暗に本件元地につき宅地に見せかけるための小細工を施すべきことを同グループに指示するなどした。

(5) そこで、不正グループは、本件元地上にコンクリート製ブロックを数十箇並べ、建物建築の基礎工事に着手していることの見せかけの外観を作り出して、昭和五五年一二月一日、再度秋田名義で、右出張所に対し、その登記の原因日付を同四三年五月一五日とする地目変更登記の申請をなし、これを受け付けたH登記官は、同五五年一二月四日、本件元地の現況が「申請書と相違ないことを確認」したとして、本件変更登記をした。

(三) したがって、国家公務員たるH登記官は、その職務の遂行にあたり、真実と反することを知りながら、あるいは少なくとも真実と反することを容易に知り得たにもかかわらず本件変更登記をなしたものであり、右所為は、不動産の物理的現況につきできるだけ真実を反映すべき不動産の表示の登記における登記官の遵守すべき事務遂行上の注意義務に違反したもので不法行為を構成するものであり、被告は、国家賠償法一条に基づき、これにより生じた損害を賠償すべき義務を負う。

2  原告の被害について

(一) 原告は、本件変更登記により本件元地上に建物を建築することができるものと信じ、昭和五五年一二月二九日、当時本件元地の実質上の所有者であった訴外K(ただし、所有権の登記名義人は、秋田あや子)から本件元地を金九四〇〇万円で買い受け(以下「本件売買」という。)、内金一九〇〇万円はKに対する貸金と相殺し、内金七五〇〇万円を現実に支払った。

(二) その後、原告は、前記のとおり、秋田名義で本件元地を分筆した上、昭和五六年二月三日、本件各土地を訴外M住宅株式会社(以下「訴外会社」という。)に金九四九二万円で売却し(以下「本件転売」という。)、訴外会社の都合上、原告の承諾の下に、本件土地一、二について同日に同日付売買を登記原因とし、本件土地一は訴外佐々木常久(以下「佐々木」という。)に、同二は訴外会社に、それぞれ秋田から中間省略による所有権移転登記がなされた。

(三) ところが、訴外会社が、本件各土地上に建物を建築すべく、愛知県知事に対して本件土地二につき既存宅地の確認申請をしたところ、同知事は、市街化調整区域の指定を受けた時点で宅地であったことが明らかでないことを理由に右確認を拒絶した。

(四) そこで、原告は訴外会社から本件各土地の買戻しを求められ、交渉の結果、同年六月一一日、原告が本件各土地を買い戻す旨の和解が成立し、これに基づいて、本件土地一については佐々木から、同土地二については訴外会社から、原告に対する所有権移転の各登記がなされた。

(五) 原告は、同年七月二二日、再度愛知県知事に対して本件土地二につき既存宅地の確認申請をしたが、前記と同様の理由でこれを拒絶され、さらに、H登記官の後任者である名古屋法務局瀬戸出張登記官訴外Rが、同年八月二四日、本件変更登記は錯誤によるものとして、職権により、地目を「宅地」から「畑」へ戻す更正登記(以下「本件更正登記」という。)をしたことにより、本件各土地は宅地として利用できないことが確定した。

3  原告の損害額について

(一) 原告は、前記のとおり、本件元地を宅地として代金九四〇〇万円で買い受けたものであるところ、本件元地は、愛知県知事による既存宅地の確認が受けられないものであるならば、無価値というべきであり、また、地目が畑であるならば、農地法五条に定める愛知県知事の許可を受けていない以上、本件売買による所有権移転の効力は生ぜず、原告は本件元地の所有権を取得できないから、右代金額相当の損害を被った。

(二) 仮にそうでないとしても、原告は、少なくとも現実に出捐した金七五〇〇万円(自己の工面した金三〇〇〇万円に姉である訴外中村夏子(以下「夏子」という。)及びその夫である同禎之から借り受けた金四五〇〇万円を加えた金額)の損害を被ったものである。

4  H登記官の不法行為と原告の損害との因果関係について

(一) 農地や市街化調整区域の指定を受けている土地は、農地法によって譲渡や転用に厳しい制限を受け、また、原則として建物の建築が禁じられていることから、建物建築用地としては価値がなく、取引の対象にはならないが、登記簿上の地目が「宅地」と表示され、かつ、宅地になった時期、すなわち、地目変更の原因日付が都市計画法の施行以前であるならば、知事の既存宅地確認を得ることができ、建物の建築も可能となるから、市街化区域内の宅地並みの価格で取引されるのは、一般の常識となっている。

(二) 原告は、本件売買をするにあたり、登記簿上の「地目」並びに「原因及び日付」欄の記載について、不動産業者や銀行員らの意見を聴取し、かかる記載の下では、本件元地について既存宅地確認を得ることができ、建物の建築も可能であると信じたものであるから、H登記官の前記不法行為と原告の損害との間に相当因果関係の存することは明白である。

5  結論

よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条に基づき、金九四〇〇万円及びこれに対する原告の損害発生の日(代金を支払った日)の翌日である昭和五五年一二月三〇日から完済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1項(一)の事実は認める。

(二)  同項(二)のうち(2)、(3)及び(5)の各事実は認めるが、その余の事実は否認ないし知らない。

本件変更登記は、当時の法令及び行政解釈に従ったもので違法ではなく、また、本件変更登記をしたことにつきH登記官には故意、過失がない。すなわち、

秋田からの地目変更登記の申請を受理したH登記官は、直ちに尾張旭市農業委員会に対し、本件元地が農地に該当するか否かにつき照会したところ、本件元地は、昭和五五年一〇月四日に農地法三条の許可がなされた物件である旨の回答を得た。

そこで、同人は、右申請につき本件元地に対する実地調査の必要を認め、これを実施したところ、現況は休耕地であり、近い将来宅地として利用されることが確実に見込まれる状況とは認められなかったため、右申請は不動産登記法四九条一〇号に該当するとして、同年一一月二二日付で申請を却下する決定をした。

しかし、その後、秋田から再度同様(ただし、原因日付は昭和四三年五月一五日)の地目変更登記の申請がなされたので、再び実地調査を行ったところ、前回とは状況が異なり、本件元地にはコンクリート製ブロックからなる建物の基礎が設置されており、近く建物が建築され宅地への利用目的の変更がなされる見込みがあると認められ、かつ、近隣の土地も数年来耕作された形跡がなく、その地域一帯には側溝が完備していること、本件元地の北側は道路を隔てて市街化区域に接していることなどの事実が判明した。

ところで、地目認定については、「地目を定めるには、……土地の現況及び利用目的に重点を置き、部分的に僅少の差異の存するときでも、土地全体としての状況を観察して定めるものとする」旨の不動産登記事務取扱手続準則(昭和五二年九月三日民三第四四七三号法務省民事局長通達。以下「準則」という。)一一七条があり、さらにその具体的な基準として昭和四七年九月三〇日不登第五三六号名古屋法務局長通達「名古屋法務局不動産実地調査要領」(名古屋法務局不動産表示登記事務取扱規程附則二項により、昭和五六年四月一日廃止された。以下「要領」という。)一二条二項は、

「宅地としての認定は、次の各号の基準によるものとする。

1  建物を建築するため基礎コンクリート打ちまたは土台を備える等基礎工事に着手している場合

2  建物の敷地として埋立もしくは削土をして整地され、石垣、側溝等を築きまたは、ガス管、水道管が敷設されている場合

3  市街地で建物の敷地としての利用目的が明らかな場合

4  前各号に準ずる場合」

と規定していたところ、本件元地の状況に照らすと、前記申請を認めてもこれらの規定の趣旨に違背せず、また、「農地を農地以外のものとするための地目変更申告の処理に際し、農地法四条又は五条の許可書の添付又は提示のないことを理由に当該申告書を返付し又は当該申告に基づく処理をしない取扱いをすることは相当でない」とするいわゆる現況主義を明らかにした昭和三六年八月二四日民甲第一七七八号法務省民事局長通達の趣旨に沿うものであるとH登記官は判断し、本件変更登記をしたものである(登記の原因日付については、所有者がもっとも事実を正確に知る立場にあるのに対し、登記官は事実の把握に苦しむことが多いので、従来から登記実務においては、対象土地の現況認定に比して、余り重きを置かない取扱いであり、H登記官も申請書の記載をそのまま信用したものである。)。

なお、R登記官が本件更正登記をしたのは、同人が昭和五六年六月一六日、本件各土地の実地調査を行ったところ、前記建物の基礎は放置されたままで、前回調査より半年余も経過しているにもかかわらず、建築に着工した形跡がなかったので、これら事後に判明した状況に照らし、右基礎は見せかけだけのもので他に近く宅地として利用されることが確実と見込まれる状況がないと判断されたためであり、本件変更登記を否定ないしこれと矛盾するものではない。

(三) 同項(三)は否認ないし争う。

2(一) 同2項(一)のうち、原告が本件変更登記により本件元地上に建物を建築することができるものと信じたことは否認し、その余の事実は知らない。

原告は、不正グループの一員であるKから本件元地の転売により多額の利益を得ることができる旨告げられ、その買入資金の工面を依頼されたものであるが、その際、同人の言動から本件元地の地目変更登記が不当な圧力や偽装工作により行われたものであることを覚知しながら、あえて多額の金員をKに融資したにすぎない。

したがって、かかる悪意の者に対する不法行為は成立せず、かつ、原告がKに融資した金員の回収が不可能になったとしても、被告に対してその賠償を求めることはできない。

(二) 同項(二)のうち、本件土地一については昭和五六年二月三日に同日付売買を原因として佐々木に、同二についても同様に訴外会社に、それぞれ秋田から所有権移転登記がなされていることは認めるが、その余の事実は知らない。

(三) 同項(三)の事実は知らない。

(四) 同項(四)のうち、本件各土地につき昭和五六年六月一一日和解契約を原因として原告へ所有権移転登記がなされたことは認めるが、その余の事実は知らない。

(五) 同項(五)のうち、R登記官が本件更正登記をしたことは認めるが、その余の事実は知らない。

3  同3項(一)、(二)はいずれも否認ないし争う。

原告自身が工面したと主張する金三〇〇〇万円はもちろんのこと、夏子夫婦より借り受けたと主張する金四五〇〇万円も、売買代金としてKに支払われた事実はない。

仮に右金員がKに交付されたとしても、前記のとおり、それは同人らが不正な利益を得るために必要とした資金を融資したものにすぎない。

4(一)  同4項(一)は否認ないし争う。

不動産登記法七八条三号に規定する「地目」の登記は、所在、地番、地積の表示とあいまって登記の対象たる土地の同一性を識別するために、当該土地の用途を同法施行令三条所定の区分に従って表示するにすぎないものであるから、登記簿上の地目の表示が他の法令の適用に際し、当該土地の用途や物理的形状等を確定する効力を有するものではない。

都市計画法四三条一項六号ロのいわゆる既存宅地の確認については、当時の客観的形状により都道府県知事がこれを行うのであって、登記簿上の地目と当該登記の原因日付の記載は知事の右確認を何ら保証するものではない上、右確認は、市街化調整区域のうち開発許可を受けた開発区域以外の区域で建築物の新築等を行うための前提手続にすぎず、右新築等のためには、右確認を受けた土地が同号イに規定する

「市街化区域に隣接し、又は近接し、かつ、自然的社会的諸条件から市街化区域と一体的な日常生活圏を構成していると認められる地域であっておおむね五〇以上の建築物が連たんしている地域内」

に存しなければならず、知事から右を証する書面の交付を受け(都市計画法施行規則六〇条)、建築確認申請書に右書面を添えることを要するのである(建築基準法施行規則一条六項)。

したがって、H登記官が本件変更登記をしたことと、原告が本件元地につき既存宅地の確認を得られるものと信じて本件売買をした結果、被った損害との間には因果関係が存しない。

同様に、農地法上の制限を受ける土地であるか否かは、登記簿上の地目によって決定されるものではなく、農地行政の観点から農業委員会又は都道府県知事が決定するものであるから、登記簿上の地目の記載としての「宅地」の表示は非農地として取り扱われることを保証するものではなく、原告が本件元地は非農地であると信じて本件売買を行って損害を被ったとしても、同損害は、H登記官の行為との間に因果関係は存しない。

(二)  同項(二)は否認ないし争う。

原告は、本件変更登記によって本件元地上に建物を建築できると信じた事実はなく、仮にそのように信じたとすれば、前記のとおり、右は誤った認識であって法的保護に値しないものである。

5  同5項は争う。

三  抗弁

1  損益相殺について

仮に本件各土地が農地であって、農地法五条の制限により原告が有効にその所有権を取得し得ないとしても、本件各土地の原所有者が原告にその返還を求めなければ、原告がその占有を継続することにより、所有権を時効取得する可能性があり、返還を求められた場合であっても、原告は、民法五六一条により、売主たるKに対して代金全額の返還を請求できるほか、本件元地の原所有者である秋田又は訴外小島達雄(以下「小島」という。)に対して、本件元地の処分を前提として得た利益(小島については少くとも金四〇〇〇万円)を不当利得として返還請求をすることができるものである。

したがって、原告が何らかの損害を被っているとしても、農地としての本件各土地の所有権若しくは売買代金又は不当利得の返還請求権を取得しているから、右利得額を損害額より控除すべきものである。

2  過失相殺について

原告が本件元地の取引に関し何らかの出捐をしたとしても、前記の事情の下では、右は本件変更登記が不正な意図、手段によってなされたものであることを容易に知り得べきであったのにもかかわらず、これを看過してなしたものであり、原告の損害は自身の重大な過失に基づくものというべきであるから、民法七二二条二項に従い、大幅な過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1項は否認ないし争う。

原告が、本件元地の所有権を有効に取得していないことを知っている以上、同土地を時効により取得することはあり得ない。

また、原告が本件各土地の所有権を取得しない場合には、売主であるKに対し、何らかの請求権を有するであろうが、現実に支払を得たわけではなく、同人が破産宣告を受けていることを考えれば、将来もその可能性はないので、損益相殺に供すべき利益は存在しない。

2  同2項は否認ないし争う。

通常、一般国民は、登記の記載に絶大な信頼を置き、この上に社会の取引関係が成立しているのであって、登記事務を司る国の職員たる登記官が、不正グループに加担し、事実に反する登記をなしたと考えなかったとしても、原告には何らの過失も存しないというべきである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一H登記官による不法行為と被告の責任について

1  請求原因1項(一)並びに同項(二)の(2)、(3)及び(5)の各事実はいずれも当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められ、証人H及び同Kの各証言のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてにわかに採用できず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(一)  N、P、及びKらのグループは、昭和五五年ころ、都市計画法上の市街化調整区域に指定されている土地を同法施行前からの宅地、いわゆる既存宅地に見せかける方法により、不当な利益を得ようと共謀し、主として名古屋市近郊の農地につき、部落解放同盟を名乗って名古屋法務局の支局ないし出張所に赴き、当該土地の所有者の事実上の代理人として、土地登記簿の表題部の地目を農地から宅地に、その登記の原因及びその日付を同法施行(昭和四四年六月一四日)前の日とする地目変更登記を申請し、登記官がこれを渋ると右申請に応ずるように圧力をかけることを繰り返したが、瀬戸市、尾張旭市及び長久手町を管轄区域とする名古屋法務局瀬戸出張所に対しても、同年九月ころ、右同様の申請を三件した。

ところで、このような地目変更登記の申請を受理した場合、登記官は、県知事による農地転用許可書の添付を求めるのが通常の登記事務の取扱いであったが、右申請はこれを欠き、しかも、申請の取下げに応ずる気配がなかったため、応対したH登記官は、所轄の農業委員会へ地目に関する意見の照会をしたところ、現況は宅地と同様の状態にある旨の回答を得たので、右申請どおりの変更登記を完了した。

(二)  Nは、さらに昭和五五年一一月一三日、本件元地につきその所有権の登記名義人である秋田を申請人とする地目変更登記(地目を畑から宅地へ、登記の原因及びその日付を昭和四三年二月一日とする。)の申請書を持参して前記出張所へ出頭した。

応対したH登記官は、右申請にも農地転用許可書の添付がなかったので、名古屋法務局不動産登記課の表示専門官に連絡の上、同日付で尾張旭市農業委員会宛に、本件元地が農地に該当するか否かについての意見を照会したところ、同月二一日付で、「当該土地は農地として農地法三条による許可申請がなされ、昭和五五年一〇月四日に開催の農業委員会で審査の結果適当と認め許可された…」旨の回答を得たので、さらに架電して、秋田から第三者に対する所有権移転の許可申請がされているとの事実を確認した。

(三)  そこで、H登記官は、登記官の登記事務処理上依るべきものとされている準則一一七条及び要領一二条一項に従い、当該土地の現況に基づいて地目を認定することとし、出張所の職員及び市役所の職員各一名を伴って実地調査に赴いたところ、本件元地は、畝こそなかったが草が立ち枯れのような状態で生い茂り、耕せばただちに畑として使える休耕地であることが判明し、前掲一二条二項の各号(その内容は、請求原因に対する認否1項(二)において被告が主張するとおりである。)に該当しないものと認められたので、Nに対し、電話で理由を説明した上、当該申請の取下げを勧告したが、同人がこれに応ずる気配がなかったので、右申請を不動産登記法四九条一〇号に該当するものとして、昭和五五年一一月二二日付で同申請を却下する決定をした。

(四)  これに対し、Nらは、数回にわたって瀬戸出張所を訪れ、あるいは同出張所に架電するなどし、応対に出たH登記官らに対し、前記却下決定は同和関係者に対する差別的取扱いである、申請は何度も行うなどと難癖をつけて圧力を加えた結果、面倒な事態を招来することを嫌ったH登記官から、建物建築の基礎工事の施行という外観を備えるならば所要の地目変更登記をすることができる旨の示唆を引き出した。

そこで、Nらは、右示唆に従い、本件元地のおおむね北東部分と西南部分の二か所に、コンクリート製ブロック数十箇を方形状に一段の高さにわたって並べた上、昭和五五年一二月一日、再び同出張所に対し、地目変更の原因日付を同四三年五月一五日とする畑から宅地への地目変更登記の申請をした。

(五)  H登記官は、右申請書を持参した者の求めに応じて、再度本件元地へ赴いたところ、同所には前記ブロックが並んではいるものの、同ブロックはコンクリートなどによる根固めや鉄筋による固定措置は何らされておらず、たんに地表に置かれているだけの状態であることを認め、右は建物建築の基礎工事に見せかけたものにすぎないことを十分に認識しながら、Nらからの圧力を避けるため、同出張所に所属する他の登記官に対し、地目を宅地と認定すべき登記取扱いの基準に合致した基礎工事の着手がなされている旨報告し、内部の協議を経て、昭和五五年一二月四日付をもって前記申請に基づく地目変更登記をすることとした。

そして、右登記の処理について、H登記官は、申請に係る変更登記の原因日付も、前記のとおり、明らかに事実に反するものであり、しかも、その日付を都市計画法施行前のものとしているのは市街化調整区域内における県知事による既存宅地の確認を得る目的のものであることを認識しながら、一般に地目変更登記の原因日付の正確性を確知する手段を登記官が有しないために申請どおりの日付を記載するのが登記実務上の慣行であったことを利用し、申請どおりの昭和四三年五月一五日を地目変更の登記原因日付として登記簿に記載して登記を完了し、その結果を名古屋法務局に連絡した。

(六)  ところで、前記のとおり、昭和五五年秋ころから、名古屋法務局管内において、特定のグループの手により、市街化調整区域内の農地の宅地への地目変更登記を了した上、既存宅地の確認を得る方法により、当該土地に建物を建築する事例が頻発しているとの風評が広まったため、同法務局では、同年一二月二日付をもって、民事行政部不動産登記課長名により、管内支局長及び出張所長に対し、「農地を農地以外の地目に変更する登記の申請書に農地法所定の許可書等の添付がない場合の取扱いについて」と題する依命連絡を発した(瀬戸出張所には、同月八日に到着)が、それには、

(1) 県知事の転用許可書の添付のない申請を処理するにあたっては、所轄の農業委員会に対する照会を義務付け、その回答を待って処理すること

などの農業委員会との連係を密にする措置が規定されているほか、

(2) 地目変更の事実が認められても、その日付に疑義がある場合は、申請人にこれを証する資料の提出を求め、その他の意見等により申請書記載の日付が誤りと認められる場合は、受理しないことなどの地目変更登記の原因日付に関する処理についての執務上の指針が指示されていた。

また、翌五六年一月二〇日には、名古屋法務局不動産表示登記事務取扱規程(昭和五六年一月二〇日訓令第一号)が定められ、実地調査に関する規定や登記原因及びその日付の調査に関する規定が整備されたほか、地目を宅地と認定する具体的基準の一例として、従来の要領では「…基礎工事に着手している場合」とあったのを「…基礎工事に着手したことが明らかな場合」と厳格化する方向に修正された。

(七)  やがて、前記風評はマスコミの報ずるところとなり、同年三月一〇日ころから「不正登記」の見出しが新聞紙上を賑わし、また、衆議院の法務委員会における質疑の対象となったりした後、同年七月には、本件元地の地目変更登記をめぐって愛知県警の強制捜査が行われ、Nらの実行グループらが公正証書原本等不実記載罪等の嫌疑で逮捕され、また、H登記官も虚偽公文書作成罪等の嫌疑で書類送検された(その後、名古屋地方検察庁は、同年一二月二四日、右実行グループ八名については未遂罪、H登記官については既遂罪が成立すると判断したものの、右各犯罪は、各行政機関相互の連絡に円滑を欠いたために起きた事件であり、H登記官も辞職するなどして反省している等の理由をもって、全員を起訴猶予処分としたが、その措置をめぐって、マスコミからは、登記官を法廷に立たせたくない何らかの配慮が働いたのではないかとの憶測が報じられた。)。

(八)  このような情勢の中で、昭和五六年四月からH登記官の後任として名古屋法務局瀬戸出張所長に任ぜられたR登記官は、「不正登記」の洗出しを企図した名古屋法務局からの指示に基づいて、転用許可書の添付のない地目変更登記申請の見直しを行うことになり、同年夏ころ、他の登記官らと実地の再調査を実施したところ、本件各土地(前記のとおり、本件元地は、同年一月一四日に分筆登記がなされた。)の状況は、雑草が生い茂り、盛土もなく、並べられたブロックのいくつかは倒れて建築に着手した形跡は全く見受けられなかったので、新しい事務取扱規程にいう「…基礎工事に着手したことが明らか」でないと認め、同年八月六日付で、本件各土地の所有権の登記名義人である原告に対し、錯誤を原因としてその地目を宅地から畑へ更正する登記の申請を催告し、原告がこれに応じなかったため、同月二四日付で、職権で本件更正登記をし、その旨を原告に通知した(なお、H登記官が変更登記をした他の三件についても、同様に更正登記がなされた。)。

(九)  他方、本件土地二につき、昭和五六年二月七日付で所有権移転登記を経由した訴外会社は、同年四月ころ、愛知県知事に対し、同土地につき既存宅地の確認申請をしたが、同年五月一六日付で、市街化調整区域に指定された時点において宅地であったことが明らかでないとの理由をもって右申請に係る確認はできない旨の処分を受けた。さらにその後、本件各土地の所有権移転登記を経由した原告は、本件土地二につき同様の申請をしたが、同年八月六日付で右同様の処分を受け、愛知県開発審査会に対して審査請求をしたところ、同審査会は、昭和五七年一月二九日付で、当該土地は登記簿以外に宅地でないことを明らかにする資料があるとの理由をもって、棄却の裁決をした(なお、右審査請求手続において、他に同様の変更登記を経た土地につき既存宅地確認をした事例があるとの原告の指摘に対し、愛知県知事は、右土地は他に既存宅地でないことを証する資料がなかったため、登記簿を根拠に確認したものである旨答弁していた。)。

右審査請求とは別に、原告は、名古屋地方裁判所に対し、名古屋法務局瀬戸出張所登記官Rを被告として、本件各土地につきなされた本件更正登記「処分」の取消しを求める行政訴訟を提起したが、昭和五七年三月二九日、右処分は行政訴訟法三条二項所定の処分性を有しないとの理由で、訴え却下の判決がなされ、控訴審である名古屋高等裁判所も、同年七月一三日、控訴棄却の判決をなした(原告において上告中。)。

2  ところで、不動産登記法八一条及び八一条ノ九は地目の変更があった場合における登記の申請とその登記に関して規定しているところ、土地の表示の登記における地目及びその変更の認定に関する権限は、実地調査権を与えられている登記官に専属するものであるが、そのことは、登記官に恣意的ないし一般常識から遊離した判断を許すものではなく、あくまで不動産の表示の登記の趣旨、目的にかんがみ合理的な認定が求められるものであり、具体的には、当該土地の現況及び利用目的に照らして厳正に判断すべきものである。ちなみに、土地の客観的、物理的状況を表わす登記簿の表題部の存在目的からすると、後者に比して前者を重視すべきは当然であり、例えば、農地の無断転用による地目変更登記の場合において、右事実が農地法違反に問われることがあったとしても、それ自体は現況の認定を左右するものではない。しかし、土地の現況といえども、ある程度の継続性を前提とする限り、後者のような主観的要素を斟酌せざるを得ないのであって、農地法八三条の二に基づく現状回復命令の発令が確実に予想される場合等には、それだけ現況の継続性が弱いのであるから、このような農地法違反の事実があってもなお現況を非農地と認定できるような強固な現況の固定化要素の存在を必要とすべきものであると解される。そして、地目の定め方を規定した準則一一七条や昭和三六年八月二四日民甲第一七七八号(登記関係先例集追Ⅲ五九八頁)(乙第一〇号証)、同三八年六月一九日民事甲第一七四〇号(登記関係先例集追Ⅲ一一三〇の二三二頁)(乙第一九号証の二)同四八年一二月二一日民三発第九一九九号(登記関係先例集Ⅵ九〇九頁)(乙第一九号証の一)等の法務省民事局長通達及び名古屋法務局長が定めた要領等において、登記官が遵守すべき地目を宅地と認定する基準についての事務取扱いの指針も、右の趣旨に出たものであると認められる。また、一般に不動産の表示の変更登記においては、その原因日付についても、その記載の及ぼす影響や効果にかんがみるに、登記官の実地調査や客観的資料によりできるだけ正確な日付の記載が要求される(ちなみに、登記官においてその正確な日付の確認ができない場合には、原因日付としては、「年月日不詳」と記載するのが相当である。)というべきところ、上記認定事実によれは、本件地目の変更登記においては、H登記官は、第一回目の実地調査の際には本件元地を宅地でないと正当に認定して申請を却下しながら、Nらの圧力を避けるため、要領に規定されている「基礎工事に着手」しているかのような外観を作出することを示唆し、これに応じたNらがブロックを並べるや、それがたんなる見せかけだけのものであり、建物の基礎工事に着手したものとは到底認める余地のないものであることを認識しながら、わずか一〇日余り後に本件変更登記をしたものであり、しかも、事実に相違することが明らかな申請に係る原因日付(仮に、上記コンクリート製ブロックが置かれたことにより本件元地が宅地化したものと認定できたとしても、これが置かれたのは第一回目の実地調査の日から第二回目のそれの日までの間であることは、H登記官自身熟知していたはずである。)をそのまま登記簿に記載したのであるから、右行為は、前記法条及び、準則等の通達や要領に反する違法な措置といわなければならない。

この点につき被告は、H登記官の判断は、第二回目の実地調査に基づいたもので、現況主義を明らかにした準則等及びその具体的な基準である要領に合致するものであり、原因日付についても従来から申請書記載の日付を信用するのが実務上の慣行であったから違法ではなく、故意、過失もないと主張し、これに沿う〈証拠〉も存するが、前記認定のとおり、H登記官は、本件元地の現況が要領の規定する具体的基準にすら適合しないことを十分に認識していたものであり(客観的に見ても、被告の右主張は牽強付会のきらいを免れない。)、原因日付の認定についても、本件は他に資料がないために申請書の記載を信用する場合とは異なり、事実と相違することが明らかであり、かつ、それをH登記官自身認識していたものであるから、被告の主張は到底採用することができない。

したがって、被告たる国は、国家賠償法一条に基づき、H登記官の不法行為により原告に生じた後記損害を賠償すべき義務を負うものである。

二原告の損害と因果関係について

1  請求原因2項(二)のうち、本件土地一については昭和五六年二月三日に同日付売買を原因として佐々木に、同二についても同様に訴外会社に、それぞれ所有権移転登記がなされていること、同項(四)のうち、本件各土地につき同年六月一一日和解契約を原因として原告へ所有権移転登記がなされたこと、同項(五)のうち、R登記官が本件更正登記をしたこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがなく、これに〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められ、〈証拠〉のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてにわかに採用できず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(一)  夏子は、昭和四五、六年ころ、姉を通じて金融業を営むKを紹介され、その依頼を受けて貸付資金を融資するようになり、平均して一度に二ないし三〇〇万円を夏子の夫である禎之が金沢に転勤になった昭和五四年の一〇月ころまで貸し付け、その融資残高は未払利息を含めると数千万円程度に達していた。また、原告も、夏子の紹介でKと知り合い、融資をしたり、不動産購入の斡旋を受けるなどの付合いをしていた。

他方、Kは、昭和五五年一一月ころ、不動産ブローカーであるPから市街化調整区域内にある本件元地を代金六八〇〇万円で購入することを勧められ、かつ、右土地は秋田の名義になっているが実質的には仮登記を経由している小島に譲渡されていること、現在の地目は農地であるが、同和関係者を名乗るNらの助力により既存宅地の確認を得ることができることを聞かされたので、これを転売することにより、利益を挙げることを計画し、同年一二月初旬ころ、金沢に住む夏子に架電して、値打ちな土地があるが買わないかと話をもちかけるとともに、同月二〇日ころ、金融業を営む訴外木村某から金四〇〇〇万円の融資を得て、これをPを通じて小島に支払い、同人が経由している仮登記の抹消や秋田からの所有権移転登記手続に必要な書類の交付を受けた。

夏子夫婦は、当時、愛知県内に定住するに適した土地が欲しいと考えており、かつ、友人からも本件元地のある尾張旭市は将来発展する旨聞かされていたこともあって、この話に前向きに対応することとし、代金の不足分の拠出と具体的な調査や手続を愛知県内に居住する弟の原告に委ねるべく電話で依頼した。

(二)  依頼を受けた原告は、さっそくKと三、四回面談した上で、同人と共に本件元地を訪れたところ、同地に前記コンクリート製ブロックが置かれており、足で触ると倒れる状態であるのを発見したので、Kにその存在目的と理由を尋ねたが、同人から何らの回答を得られなかった。しかし、原告は、特段それ以上聴き質すこともせずに売買の交渉をすすめることとし、ただ、本件元地が市街化調整区域内に存することから不動産取引の経験者の意見を徴すべく、Kから受け取った本件元地の登記簿謄本(既に地目が宅地に変更済み。)等の書類を、取引金融機関である朝銀愛知信用組合(以下「朝銀」という。)一宮支店の支店長をしていた訴外任三祥(以下「任」という。)及び大日不動産の屋号で不動産取引業を営む訴外榊原良雄(以下「榊原」という。)らに提示して、本件元地上に合法的に建物を建築することが可能か否かを尋ねたところ、任は、本件元地の地目が宅地になっていたのを見て特に問題はないと判断して購入に賛意を示し、榊原も、地目変更の原因日付と、付近は住宅が五〇軒位連たんしていることを確認し、本件元地は既存宅地の確認を得ることができるから、建物を建築することができるだけでなく、建ぺい率や容積率の規制の点においても有利である旨説明し、さらに念のため現地を訪れた上で、原告に心配ない旨連絡したので、原告も、右地目変更登記が直前になされていることにつき特段疑問に思うことなく、本件売買を行うこととし、代金を金九四〇〇万円と取り決めた。

(三)  そこで、原告は、Kとの交渉で決められた代金九四〇〇万円のうち、同人から現実の支払を求められた金七五〇〇万円(小島に対する前記支払のためKが木村某から借り入れた金員の返済金四二〇〇万円に、Pへの支払分金二八〇〇万円を加え、これにK自身の取分を上乗せした金額であり、これを越える金一九〇〇万円は、原告のKに対する従前の債権をもって相殺することとされた。)の工面をするために、対象の土地は間違いのない土地である旨夏子に報告して資金の捻出を促すと共に、自身も買入資金を工面すべく朝銀一宮支店に対し、同人の定期預金を担保(昭和五六年六月一九日に担保を変更して、原告所有の土地、建物に抵当権を設定した。)に金三〇〇〇万円の融資を申し込んだ。

他方、連絡を受けた夏子も、Kより早く契約しないと買うことができない旨せかされたこともあり、同人の夫禎之と相談の上、代金を捻出することを決め、取引銀行から定期預金を担保に金三〇〇〇万円の融資を受ける手続をとると共に、友人の訴外西尾から金一〇〇〇万円、春子の友人である訴外星山から金五〇〇万円を各借用すべく電話で申し込み、各々その承諾を得た。

(四)  夏子夫婦は、昭和五五年一二月二八日、愛知県内の春子方へ帰省したが、翌二九日、Kが訪ねてきたので、手配どおり取引銀行と友人らに連絡して資金を持って来させ、その上で原告方へ同道した。そして、Kらを迎えた原告も、朝銀一宮支店へ架電して額面金三〇〇〇万円の保証小切手を持参させ、これを夏子らの工面した現金とともにKに交付した後、Kには宅地建物取引主任の資格がなかった関係で、同人の知人の訴外代田某が実質的な代表者(専務取締役)を勤める訴外東海住建興業株式会社の名義をもって、原告との間の売買契約書を作成した。

Kは、原告より受領した代金の大半を前記木村への返済やPへの残代金の支払に充当したが、その後、原告に交付した所有権移転登記に必要な一件書類中に、秋田の印影が不足している箇所が見つかったため、昭和五六年一月中ころ、原告や代田らとともに秋田方へ赴き、印を押捺してもらった。

(五)  原告は、昭和五六年一月一四日、本件元地の面積が広いことからこれを転売しやすいように本件各土地を八筆に分筆したが、そのころから同土地上に建物が建てられるかにつき疑問を投げかけるような風聞が耳に入り不安を感じ、夏子夫婦と相談の上、本件各土地を転売することに決め、訴外会社と折衝した結果、同年二月三日、代金九四九二万円で本件転売契約を締結し、申請者欄白地の「浄化槽及び雑排水承諾書」などの必要書類の引渡しを行った。その際、右風聞を聞知していた同社の求めにより、原告と同社間で、右売買は建売分譲開発の許可を受けることを条件とするものであり、もし建築の許可を得られない場合には、無条件で本件転売契約を解約するものとし、原告は、手付金として訴外会社から受領した額面金一〇〇〇万円の約束手形を裏書譲渡しない旨の特約を合意した。

そして、原告は、同年二月七日、右契約に基づく所有権移転登記手続を履行した(ただし、訴外会社の都合で、本件土地一については訴外会社の代表者と親族関係にある佐々木に、同二については訴外会社に、それぞれ所有権の登記名義人である秋田から原告の承諾の下に中間省略の登記が行われた。)が、前記のとおり、同年三月一〇日に「不正登記事件」が新聞等により報道されたため、驚愕した原告と訴外会社との間で、翌一一日付をもって、本件各土地の開発可能性については問題が存すること、右売買は訴外会社からの一方的意思表示により解約できるものであることを再確認する文書を作成した。

(六)  その後、前記のとおり、訴外会社は、同年四月ころ、本件土地二につき、愛知県知事に対して既存宅地の確認申請をしたが、同年五月一六日付で確認できない旨の通知がなされたので、原告に対して前記売買契約の解約を求めて交渉した結果、同年六月一一日、解約を認める内容の和解が成立し、同月一七日付をもって、本件各土地とも原告宛に所有権移転登記手続がなされた。

原告は、同年七月ころ、愛知県知事に対し、再度、本件土地二につき既存宅地の確認申請をしたが、目的を達することができず、愛知県知事の右処分は確定しているほか、同年八月には、R登記官により本件各土地の地目が宅地から畑に更正登記がなされるに至ったことは、前記のとおりである。

なお、本件各土地(ただし、昭和五七年一〇月三〇日付土地改良法による換地処分により別紙物件目録記載四の土地が換地として指定された。)の昭和五六年二月三日時点における農地価格(市街化調整区域内における農用地の指定を受けた農地としての価格)は、金二六八九万八〇〇〇円であり、宅地価格(既存宅地の確認を受ける土地としての価格)は、金九五二九万五〇〇〇円である(ただし、いずれも所有権以外の権利の付着していない土地の正常価格である。)。

2  右認定事実によれは、原告は、本件元地は市街化調整区域内に存することを知ってはいたものの、登記簿謄本の記載やこれを確認した不動産取引の経験者の意見等に基づき、同土地上には建物を建築することができると信じて、Kとの間に代金九四〇〇万円の約定で本件売買契約を締結したものであり、その結果、原告はKに対して、自身が工面した金三〇〇〇万円(小切手)と夏子夫婦の出捐した金四五〇〇万円の合計金七五〇〇万円を支払い、残金一九〇〇万円はKに対する貸付債権をもって相殺することになったものである。

ところが、本件元地は、実際には既存宅地の確認を得ることができず、建物を建築することが不可能な土地であって、その価格は、原告がKに支払をした時点においては、金二六八九万八〇〇〇円にすぎないというのであるから、原告は、H登記官による違法な本件変更登記により、その差額(右価格を支払額より控除すべきことは後記のとおりである。)に相当する金四八一〇万二〇〇〇円の損害を被ったものというべきである(Kに対する貸付債権による相殺分は、現実の出捐をしたわけではなく、現在においても損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権に転化しながらも同種の請求権として存続していることに変わりはないから、特段の事情のない本件においては、損害の発生を認めることができない。)。

3  この点につき、被告は、

(一)  原告は、本件変更登記が不当な圧力や偽装工作により作出されたものであることを知っていたので、原告の損害は法的保護に値しない、

(二)  原告は、前記売買代金をKに支払ったことはなく、仮に右金員が交付されたとしても、それはKらに対する融資にすぎない、

(三)  原告が損害を被ったとしても、H登記官の行為との間に相当因果関係が認められない、

旨主張する(請求原因に対する認否2項(一)、3項、4項(一)、(二))。

確かに、当法廷における原告申請に係る証人及び本人の各証言や供述中には、本件売買や本件転売の基本的要素である土地購入の目的、資金の調達、代金の交付、事後処理等につき不明確な部分、首尾一貫しない部分、矛盾する部分等があり、特に、証人Kの証言及び原告本人の供述(第一、二回)にはその傾向が著しく、本件が数年前に発生した事件であることを斟酌したとしても、たんに記憶の希薄化だけでは説明できない点が多く、真実を語っていないのではないかとの疑念を拭い切れないというべきであって、当然提出されるべきであると思料される領収書等の書証の提出がなされていないことなどを併せ考慮すると、前記被告の主張(一)、(二)も全く理由がないものとはいえない。

しかしながら、細部はともかく、事件の大枠においては、右両名の証言、供述と他の証言、例えば、証人任三祥、同榊原良雄、同中村禎之及び同中村夏子らの各証言とは、おおむね前記認定事実のように一致するのであって、これらの各証人が全員口裏を合わせて虚偽の事実を述べているとは到底考えられず、したがって、被告において前記主張(一)、(二)を積極的に証明する証拠を提出していない本件においては、前記のとおり認定するのが経験則に合致するものというべきである。

また、登記官による本件変更登記と知事による既存宅地の確認とが、法律上当然に連動するものでないことは被告主張のとおりであるが、行為と損害との間の相当因果関係の判断は、たんに法律上の観点からのみなされるべきものではなく、実際の登記事務の運用を含めた諸事情のうち、当該行為者(登記官)において認識していた事情と、一般人において認識すべかりし事情を総合して、当該結果を予測できるか否かにより決すべきものと解されるが、登記官による不動産の表示に関する登記は、上述したとおり、登記官の専権に属する実地調査権に基づき厳正な認定のもとになされるべきものであるから、特殊な形成力、創設力が認められるもののほか、一般に強い公示力が認められ、これを尊重して不動産取引がなされるのが通例であるところ、本件変更登記についても、前記認定のとおり、当時、愛知県知事による既存宅地の確認は、県当局における独自の地目変更等に関する実地調査を実施することなく、もっぱら登記簿上の地目及びその原因日付の記載に基づいて行われていたのも右公示力を尊重したものであり、その結果、不正グループの関与した他の土地でも既存宅地の確認を受けた上、建築確認を得ていることが明らかであり(なお、本件においては、愛知県開発審査会の裁決書(甲第七号証)によると、愛知県知事は原告からの既存宅地の確認申請に対し本件土地二につき昭和四六年及び同四八年の航空写真等を調査し市街化調整区域となった時点において本件元地が宅地であったとは認められないとして、既存宅地の確認ができない旨の処分をした旨の記載があるが、これは、たまたま不正グループの活動がマスコミ等によって報ぜられ、社会問題化したため、既存宅地の確認に関する従前の事務処理と異なった取扱いをしたものと推認することができる。)、この事情は、不動産の取引に従事する者にとっても当時自明というべき程度に達していただけでなく、本件変更登記をなしたH登記官も当然これを認識していたものと推認することができるから、これらを総合すると、本件変更登記とそれにより原告の被った損害との間に相当因果関係を肯認することができ、被告の前記主張(三)も採用することができない。

三被告の抗弁について

1  損益相殺について

前記認定事実によれば、原告は、本件売買により金七五〇〇万円の出捐をしたものの、本件各土地の所有権移転登記を経由し、その占有を継続してきているのであるから、その価格たる金二六八九万八〇〇〇円は、右損害算定にあたり、控除すべきものである。

原告は、この点につき、本件各土地が農地であり、その所有権を有効に取得していないことを知っている以上、時効取得することはないから、右価格を控除すべきでない旨主張する(抗弁に対する認否1項)。

しかし、〈証拠〉によると、そもそも本件各土地は、本件売買後も何ら耕作されることなく原告によって放置され、それから数年経過した現在においては、もはや非農地化したものと見ることができる(右甲第二〇号証には、本件各土地の現況は「雑種地」との記載がある。)ところ、農地法五条に違反する売買であっても、買主の責めに帰することができない事由等により後に当該土地が非農地化した場合には、右非農地化した時点で当該土地の所有権移転の効力が生ずるものと解される(最高裁昭和四二年(オ)第四二九号同年一〇月二七日第二小法廷判決・民集二一巻八号二一七一頁、同昭和四八年(オ)第八九九号同五二年二月一七日第一小法廷判決・民集三一巻一号二九頁、農地法二〇条違反の事例に関する最高裁昭和五八年(オ)第七五八号同五八年一一月一五日第三小法廷判決・判例時報一〇九七号四〇頁参照)から、本件においても、原告は本件各土地の非農地化により有効に同土地の所有権を取得したと解する余地が多分にあるというべきであり、また、仮にそうでなく、本件各土地の所有権は未だに当初の所有者である秋田ないし小島(小島が農地法三条の許可を受けていることは、前認定のとおりである。)に属しているとしても、同人らが本件元地の売買契約の無効を主張して同土地の所有権の登記名義を回復するためには、引き換えに、右売買により受領した代金(小島が金四〇〇〇万円を受領していることは、前認定のとおりであり、秋田も、少なくとも農地価格である前記金額を受領しているものと推認される。)を返還しなければならないから、原告が同人らから本件各土地につき原告の所有権の移転の登記の抹消又は抹消に代わる移転登記を請求された場合には、右抗弁権を自ら又はKに代位して行使するなどして、その利益を守ることができると解され、現に弁論の全趣旨によれば、原告は、現在に至るまで誰からも請求を受けることなく、数年にわたって本件各土地を占有している事実が認められ、将来において時効取得する蓋然性がある(悪意者であっても時効取得し得ることはいうまでもない。)のであるから、原告は、現在はもちろん、本件変更登記時においても、少なくとも本件各土地の農地価格以上の利益を保有しているものというべきであり、この点からして原告の右主張は採用することができない。

ところで、被告は、Kないしは原所有者である秋田又は小島に対する売買代金ないし不当利得返還請求権も、損益相殺の対象とすべきであるかのような主張をするが、物的な利得と異なり、人的な請求権の取得をもって損害額から控除すべきものではないと解するのが相当である(最高裁昭和四四年(オ)第四〇五号同四五年二月二六日第一小法廷判決・民集二四巻二号一〇九頁参照)から、原告の右主張は採用の限りではない。

2  過失相殺について

前記認定事実によれば、原告は、本件元地が市街化調整区域内に存することを知っており、一般人の常識としては、当該土地上には建物を建築することが困難であることを認識していたと推認できる(それ故にこそ、前記認定のとおり、原告は不動産取引の経験者たる知人に建物の建築が可能か否かを尋ね、その助言を求めたものと理解できるのである。)ところ、本件売買契約を締結する前に本件元地を訪れた際、本件元地上には誰がどういう目的で置いたものか不明な状態の数十箇の不安定なコンクリート製ブロックがある現況であり、それに気付いてKにその存在目的を尋ねたが、同人からは何の説明も受けられなかったというのであり、また、登記簿の地目変更登記が本件売買(昭和五五年一二月二九日)の直前(同月四日)になされているにもかかわらず、その変更登記の原因日付がそれから一二年半も前の日(昭和四三年五月一五日)になっているとの事実を総合すると、原告としては、Kに対して何らかの不審を抱いて然るべきであったと考えられる。つまり、当時の原告としては、Kに対して、市街化調整区域内に存する土地であるにもかかわらず、建物を建築することができる理由、特に、これから買い受けようとする土地上に誰がどういう目的でしたのか不明のコンクリート製ブロックが置かれている理由について詳細に問い質し、その上、県や農業委員会、登記所等関係官庁に赴いて、右の点について自ら調査、確認をするなどの注意を払うのが、市街化調整区域内の土地につき大金を支払って不動産取引を行おうとする者の採るべき通常の行動というべきであり、本件原告も、かかる措置を採ることによって損害の発生を未然に防ぐことが可能であったと考えられる。しかるに、原告は、右のような事実にも何らの疑問を呈することなく、前記知人の簡単な説明を軽信し、Kのいうがままに本件売買契約を締結して代金を支払ったものであって、右通常の買主の採るべき措置に欠けるものがあると認められるから、原告の前記損害の発生には、同人自身の過失が寄与しているとの非難は到底免れないというべきものであり、その割合は、本件売買に至る経緯等本件に現われた一切の事情を総合勘案すると、五割と評価するのが相当である。

そうすると、原告の被った前記損害金四八一〇万二〇〇〇円のうち、被告にその賠償を求め得る金額は、その半額の金二四〇五万一〇〇〇円となる。

四結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、損害賠償金二四〇五万一〇〇〇円及びこれに対する不法行為の日以後であることの明らかな昭和五五年一二月三〇日から右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して(なお、立担保を条件とする仮執行の免脱宣言の申立てについては、相当でないからこれを却下する。)、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官浦野雄幸 裁判官加藤幸雄 裁判官岩倉広修)

別紙物件目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例